チラシの裏に書くようなことを徒然と。
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村上春樹より世界の終りとハードボイルドワンダーランドです。氏の作品は初めて読みました。この作品はKeyの麻枝氏がすごく影響を受けたらしいですね。本編中では、タイトルの通り、「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの物語が交互に語られていきます。「世界の終わり」の世界観は、かの灰羽連盟のモチーフにもなっているらしいです。
以下wikiよりあらすじ引用。
「ハードボイルド・ワンダーランド」は、近未来と思われる世界で暗号を取り扱う「計算士」として活躍する「私」が、自らに仕掛けられた「装置」の謎を捜し求める物語である。半官半民の「計算士」の組織「システム」とそれに敵対する「記号士」組織「ファクトリー」は、暗号の作成と解読の技術を交互に塀立て競争の様に争っている。「計算士」である「私」は、暗号処理の中でも最高度の「シャフリング」を使いこなせる存在であるが、その「シャフリング」システムを用いた仕事の依頼をある老博士から受けたことによって、状況は一変する。
「世界の終り」は、一角獣が生息し「壁」に囲まれた街、「世界の終り」に入ることとなった「僕」が「街」の持つ謎と「街」が生まれた理由を捜し求める物語。外界から隔絶され、「心」を持たないが故に安らかな日々を送る「街」の人々の中で、「影」を引き剥がされるとともに記憶のほとんどを失った「僕」は葛藤する。「僕」は図書館の「夢読み」として働きつつ、「影」の依頼で街の地図を作り、図書館の少女や発電所の管理人などと話をし、街の謎に迫っていく。時間軸的には『ハードボイルド・ワンダーランド』の「私」がシャフリングを行ったのと同時に(すなわち、「私」の思考システムが「第三の思考システム」に切り換わったのと同時に)『世界の終り』のストーリーが始まるものと思われる。
なんかあらすじというより、結構内容の考察にまで踏み込んじゃってる感じですが、大体こんな感じの世界観ですね。「世界の終り」の世界観は著名な作品ですし、様々な後続作品に影響を与えている気がしますね。鍵っ子である私はONEの永遠の世界や、CLANNADの幻想世界をイメージしていました。
以下ネタバレ感想となりますのでご注意をば。
二つの物語は、後半にて徐々に絡みあっていきます。
ハードボイルドワンダーランドの主人公「私」は、老博士から、シャフリングシステムの真実と自分の存在価値を知らされる。組織に属する計算士の中でも、シャフリング技術実験の唯一の生き残りである、「私」は、脳の潜在意識の核と呼ばれる、言わば心象世界の在り方が、他のどの人間よりも明確かつ強固であるという特質を持っていた。むしろ、その特質があったからこそ生き残った。
それは恐らく「私」が、自分の理想とかけ離れた人生を歩んできたが故に持ち合わせた特質だったんだと思います。理念に基づいて活動していた同級生に憧れながらも、同じように生きることが出来なかった人生。社会の中では埋没してしまうような彼の人生に対する向き合い方が、皮肉にも唯一無二の心象世界を形成するに至ったわけですね。「私」は老博士に、シャフリングシステムの問題により、もはや自分の精神的な死が免れないこと、残されている時間を告げられ、それを受け入れることにします。
そして察しの通り、「世界の終わり」とは彼の意識の核の物語。時系列はいまいち定かではないです。ハードボイルドワンダーランドで、「私」が終わりを迎えた後に、「僕」が街に辿り着いたのか。それともシャフリングを行い、博士の用意した第3の思考システムに脳がリンクした時点で、世界の終りの物語が始まったのか。どちらと捉えても話は通じると思いますけどね。
「私」は意識としての死が訪れる前の残り一日を穏やかに過ごします。図書館の女の子と共に過ごし、ビールを飲み、公演の芝生に寝転ぶ。今まで何も感じなかった身近のもの全てに愛情を覚える。
その描写は、こんな風に人生の終わりを迎えられるのならば、それはいい人生だったんじゃないか、と錯覚してしまうようなものでした。
一方の世界の終りでは、「僕」は、閉ざされた街の住人となります。夢読みという職に就き、穏やかな暮らしを迎えるが、やがてその完結した世界の裏で犠牲となっているものを知る。それは黄金の毛を持った一角獣。街は影(=心)を切り取られた人間しか暮らすことが出来ない場所であり、一角獣は心を背負わされ、その重みによって死んでしまう。
高い壁に囲まれ、自給自足で過ごすこの街では全てが完結しています。その暮らしは、何かに怯えることもなく、大佐の言うように深いやすらぎに包まれていて、一見すると楽園のようにも思えます。しかしそれは心、つまり人間の記憶や感情を捨てさった結果です。感情がないから争うこともなく、記憶がないから外の世界に思いを馳せることもない。
ただし、このあたりが村上春樹らしいということなのかも知れませんが、彼は決してこの世界を否定してはいないんですよね。「僕」の影はこの世界はおかしい、脱出しなければならないと「僕」を諭す。対して「僕」は、この世界を作った責任を取らなければならない、といい世界に留まることを選択する。
手風琴により心を取り戻しかけた司書の女の子や、心を捨てきれず森に留まった人々がいたように、閉ざされたこの世界も真に完璧では無かった。
ハードボイルドワンダーランドの「私」が深層心理に築いた世界の終り。この世界は「私」の理想、理念に基づいて形成された完璧な世界だった。しかし「私」が「僕」となってその世界と向きあった時、その裏で犠牲になっているものを知る。これはかつて彼が思い描いた理想には綻びがあったということですね。
こういうのは野暮ってもんでしょうけど、「僕」はこの世界に留まって、彼女の心を取り戻した後、世界の在り方を変革し、現実世界への帰還を果たしたんだろうなあと思います。
うーん、これが村上春樹か。感想を書くのがすごく難しい作家さんですね・・・。物語から受ける印象が人によって異なりやすいじゃないかな。それが文学として評価が高い所以でもあるのでしょうね。いやしかし面白かった。この作品しか読んでないのにこれが最高傑作なんじゃないの?と思うほどによく出来た物語だったと思います。
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