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チラシの裏に書くようなことを徒然と。 Since 19,Feb,2007
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というわけで、乙一のGOTHです。
文庫版が薄いのに何故か二分割されているのが、非常に気になります。
この小説は「僕」と森野夜という二人が遭遇する猟奇殺人事件を描いた全6篇の短編連作小説です。
氏の文章は過度な装飾がなく淡々としていますが、それが作品全体に乾いた印象を与えます。


「僕」と森野夜は、人間の持つ暗黒面に強く惹かれる性癖の持ち主。その暗黒性はGOTHと称される。そんな二人は町で起きる奇妙な殺人事件に遭遇していく。


と、短篇集ですので、全編通してのあらすじとなるとこの程度になってしまいます。人間の持つ暗黒面とは死体とか猟奇殺人とかに興味を持ったりするアレです。普通の人ならブレーキを踏んでしまうところで迷いなくアクセルを踏み続けていられる人間達。・・・なんか幽遊白書でこんな表現なかったかな。刃霧要のところだったかしら。ついでだから幽遊白書で例えると黒の章の内容が人間の暗黒面そのものといっていいでしょうね。


以下いきなり完全ネタバレなのでご注意をば。





どれも面白かったですが、唯一犬だけはアンフェアだった気はしましたね。「私」がユカを神聖視していたのは分かるんですが、ユカを自分の主と言い、義父を殺す方法として喉元に噛み付くことを選んだのは流石に無理がある気がしました。ナイフを使う知恵があるなら、最初から包丁でもなんでも使えば良かったのに、というのは野暮でしょうかねえ。1話、2話ではミステリとしては古典といってもいいトリックでしたし、3話の「犬」で、急にリアリティを無くした動物視点の描写をするとはどうしても思えなかったので最初からユカが犬なんじゃないかと疑って掛かっていました。ですが、義父の喉元に噛み付いた時点で、やっぱり違うのかなあ・・・と思っていたのに。

とはいえ、乙一氏は、ライトノベルというジャンルの偏見を払拭したい気持ちもあったのですから、この短編集にそれぞれトリックを仕込んでいたのは素直に凄いと思いますけどね。6作の中では「犬」だけ少し違和感を感じたということです。


で、本作はこのミスでも2位を取ったりで、ミステリ小説として評価を得た作品なのですが、私的には文学的な面白さをこそ楽しむべき作品だったかなと思っています。


これは叙述トリックにそれほど慣れていないユーザーが陥り易い問題・・・というか私のことなんですけど、どうしてもミステリに対してこれは叙述トリックなんじゃないか?AとBは実は同一人物なのではないか、みたいな疑いを持ったまま読んでしまうんですよね。そしてその疑いが例え合っていようと間違っていようと、そんなことを思いながら物語を読み進めて感情移入出来る程、私は器用ではないのです。これでは物語として台無しですよね。

叙述トリック自体はもちろん素晴らしいテクニックなんですが、これを解答を提示される前に見破ってやる!なんていうユーザーの思考がそもそも間違いなんだなあ、と最近痛感しました。

GOTHについて非常に綿密に考察しているサイトさんがありました。その方曰く、騙されなかった人は人生の何割かを確実に損している、と断言されていましたが、正にその通りだと思います。変に根拠のない予想をしてやっぱりな、と勝手に落胆するより素直に騙されて、驚いて、作者に感服するのが物語を楽しむ秘訣だな、と思い直しました。

そういう意味では私ももっと素直にこのGOTHという作品を楽しむべきだったなあと思います。



脱線しましたが、本作の物語としての面白さはどこにあるのか。それは暗黒系で示される「僕」と森野のスタンスがまず挙げられます。ミステリとしての体を取っている作中で、「僕」は推理して犯人を追い詰めます。そこで犯人に自白させ警察に引き渡して事件解決、というのが一般的な流れです。しかし彼らの死に魅入られている異常性は、そうはせず、死体を発見しても通報しない、犯人に出会っても捕まえない。そもそも「僕」は真っ当な正義感も倫理観も持ち合わせていません。結果的に彼が推理して犯人に辿り着くのもひとえに犯人と、同種の匂いを持った人間と会いたいという欲求を満たすために過ぎないわけですね。

読み始めの当初こそ、「僕」や森野の猟奇趣味は、思春期にありがちの今で言う厨二病どストレートな言動に思えるのですが、彼らにはその種の人間に感じる一般人と違うオレSugeeee!みたいなナルシズムを感じないのですよね。乙一氏の作風自体にそういう匂いを感じないといった方が良いのかも知れませんが。森野は演じていた部分もあっただろうし、そこに至るトラウマもありますが、「僕」に関してはもう生まれついての化物ですので、そういった類の人間とは一線を画します。

殊能将之氏の「ハサミ男」でも異常者を描いていましたが、作中の刑事が殺人の動機なんてものは全て後付に過ぎないといった趣旨のことを述べていた記憶があります。GOTHでは明確な動機がある殺人は犬以外ありません。手が欲しかった、埋めてみたかった。彼らは別に恨みがあったわけでも目的があったわけでもなく、ただ自分の本能に従った、あるいは抗えなかった人々でした。



また、全6章に渡って展開されていく「僕」と森野の関係も面白いです。「僕」の森野に対する感情は一貫して「観察対象」に尽きる。そこに多少なりとも恋愛感情や歪んだ愛情が混ざっていたとしても基本的なスタンスは変わらない。対して森野の「僕」に対する感情は、最初は同種の仲間として。次は本当の自分に気付いてくれた唯一の人間として。そして結果的に何度も「僕」に助けられた彼女は、恋愛感情を抱きながらも、彼との根源からして異なる、絶望的なまでの距離を知り不安を抱く。

物語が進むに連れ、同種と思われた「僕」と森野はその違いを明確にしていきます。1~5話にかけて、猟奇殺人犯をも上回る異常者として表現されてきた「僕」。6話のトリックは神山樹と犯人の入れ替えトリックがミステリとしての肝だったわけですが、これまでの描写で「僕」が、殺人を犯してもおかしくない異常者であることに説得力を持たせていました。

ただ、元がライトノベルという先入観からか、主人公が殺人を犯して終わるというバッドエンドにはならないんじゃないかという淡い願望みたいなものがあったため、最後まで「僕」=犯人というのには疑問を抱いていました。こういう先入観はとことん邪魔だよなーと思う次第ですねw



「死を賭してでも姉妹の絆を取り戻そうとする姿を見たかった」と解説され、ようやく読者の理解の範疇に収まったと思われた「僕」は「僕」ではなく、単なるこの事件の犯人だった。そして「僕」こと神山樹は決して常人に理解されることはない、ある種のカリスマ性を持ったまま物語を終える。ミステリとして楽しめ、「僕」の魅力を損なうこと無く描いたこの6章「声」はGOTHの幕を閉じるに相応しい傑作ですね。

最後に森野は神山樹との違いを見せられ、同時に彼の自分への執着が無くなってしまうことに不安を抱いたんでしょうね。そして樹はそれはとうの昔に気付いていて、「言われなくても知っている」と答える。

この先の物語は想像するしかありません。真っ当な人間に戻っていった森野から神山樹は離れてしまうのか、神山樹を繋ぎとめるために、森野はGOTHとして自分を演じ続けるのか。まあ森野の異常者を惹きつけるフェロモンみたいなのは本物っぽいので、多分これからもまだ見ぬ彼らと邂逅するために森野に執着し、なんだかんだで守っていくんだろうなーとは思っています。

・・・ここだけ見ると恋愛小説みたいですね。というか森野可愛すぎです。森野を理解出来るのは樹だけだけれども、樹は森野の理解を遥かに超えた存在。そこがすごく切ない関係ですねえ。


というわけで総評。
ミステリとしても文学としても、恋愛小説としても楽しめる、名作。グロテスクな描写が多々ありながらも、決して読後感は悪くないという珍しい作品です。各短編が余韻を残して終わるのがまた乙ですね。本作でかなり乙一氏の作風が気に入りましたので、他の作品にも手を出してみようと思案中。


ちなみに漫画版のGOTH(大岩ケンヂ氏)も読んで見ました。叙述トリックはどうしようもないし、頑張っていた方だとは思いますが、出来れば小説の後に読んで欲しい漫画でしたね。非常にもったいないので。ビジュアルイメージはとてもマッチしていたと思います。特に森野ね。何あの可愛い生き物。

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