チラシの裏に書くようなことを徒然と。
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CLOCKUPよりeuphoria(ユーフォリア)です。
目を覚ました場所は白い部屋。そこに閉じ込められていたのは、主人公・恵輔と6人のヒロイン達。そこへ突如として「謎の声」が告げる。ゲームの開始。それは主人公が解錠者となり、ヒロインを一人鍵穴として選択し、指令された行為を行わなければならないというゲーム。その理不尽な内容に逆上した一人は、拷問の末、醜い姿を晒して殺されてしまう。従わざるを得ない彼らだったが、恵輔は暗い情動を持つ自らの性癖により、昂奮を覚えていたのだった。
というのが物語の始まり。はっきりいって内容は、エロ・グロ・スカの三拍子揃ったハードな内容ですので、そちらに体制が無い人は回避推奨。体験版があるのでまずは実際に見てみることを推奨します。私も過去ブラックサイクの作品を途中で断念した経緯がありますので、少し心配ではありましたが、それ以上に「シナリオが良い」という評価の方が興味深かったため、清水の舞台から飛び降りる気分で、プレイ。
グロは個人的にはそれ程酷くはなかったのですが、スカの方が耐性がないのもあってかなりキツかったです。ただスカはともかくそういった凌辱的な要素無くしては表現出来ないシナリオであるのも間違いないため難しいところですよね。こういった18禁であるが故に表現出来るシナリオ、というのは久しぶりにプレイした気がします。・・・コンシューマー化とか絶対無理ですよこれw
グロは個人的にはそれ程酷くはなかったのですが、スカの方が耐性がないのもあってかなりキツかったです。ただスカはともかくそういった凌辱的な要素無くしては表現出来ないシナリオであるのも間違いないため難しいところですよね。こういった18禁であるが故に表現出来るシナリオ、というのは久しぶりにプレイした気がします。・・・コンシューマー化とか絶対無理ですよこれw
音楽はタイトルのテーマなんかはすごく良いですね。作中で使われるタイミングも良かったし。
キャラデザは少し頭身低めですが、割と無難な感じ・・・かな?流行りの絵柄ではないとは思いますが嫌いではないです。
キャラデザは少し頭身低めですが、割と無難な感じ・・・かな?流行りの絵柄ではないとは思いますが嫌いではないです。
総評:7点
以下ネタバレシナリオ感想です。未プレイの方はご注意をば。
本作もまたネタバレ食らってしまうとかなり残念な結果になってしまうタイプ故。
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LeafよりWhite Album2です。
本作に関しては、先にintoroductry chapterとして主要キャラクターの出会いと別れを描いた作品が発売されており、その後の本編として、closing chapterが発売されました。
私個人として、ファンディスクならともかくこういった分割商法は好まないため、introductry chapterをプレイする気にはなれませんでした。しかし、closing chapterを合わせたWhite Album2が各地で絶賛の嵐で流石に私も我慢が出来なくなってしまいましたw
今回introductry chapterとclosing chapterがセット販売されたのもちょうど良かったんですけどね。
で、内容。2とはいっても前作と関係あるのは森川由綺と緒方理奈の曲が3人の出逢いと思い出の曲になるといったぐらいで、前作をプレイする必要はないと思います。ビンタ合戦とか「ここがあの女のハウスね」とか知ってると感慨深くなったりニヤリとしたりするかも知れません。後者は厳密にはホワバ関係ないですけどw あとは「雨月山の鬼」とか過去Leaf作を知ってたりするとちょっと嬉しかったりします。
音楽が前作から引き継がれて重要なテーマの一つとなっていることもあってか、ヴォーカル曲やBGMの作り込みは非常に高レベル。また、立ち絵やイベントCG、背景なども老舗だけあって業界最高峰と言っていいでしょう。
演出面では、会話中や地の文の中でも教室内の他の生徒の会話や教師の話が流れていたりするのが結構新しく感じましたね。
総評:9点 (詳細は文末にて)
総評:9点 (詳細は文末にて)
ではシナリオ。基本的には三角関係の顛末を終始描くものになりますので、胃薬を用意してからプレイするのがオススメですw
以下完全ネタバレとなりますので、ご注意をば。私のメモ用に、ストーリー展開を適当に殴り書きしてかなりの長文となっていますので未プレイの方はご遠慮を。
夢枕獏より月に呼ばれて海より如来るです。
小説として氏の作品を読むのは初めてなのですが、「陰陽師」「餓狼伝」などでも有名な方ですね。
主人公・麻生誠は、ヒマラヤ山系に属するネパールのマチャプチャレの頂きを目指していた。地元住民によって崇敬されているその山は、登山が禁止されていたが、麻生の登山チームは秘密裏に登山を行なっていた。長く続く猛吹雪で足止めされ、同じチームの木島は高山病に掛かり、食料も残り僅か。そんな絶体絶命の状況の最中、ついに木島が息を引き取る。その後追い打ちをかけるように雪崩に襲われるが、奇跡的に助かった麻生は、山頂を目指す。そこで見たのは3メートルを超える巨大なオウムガイの螺旋だった。その後、麻生はオウムガイに興味を持つが、ある時、数秒先の未来を幻視するという現象に見舞われ、それをきっかけに麻生と同様に螺旋に興味を抱く人物達と出会うことになる。
といったあらすじ。
手足の指を失った壮絶な登山の果てに見たのは巨大な螺旋。そこから麻生の生活は一変するわけですね。数秒先の未来を見ることが出来るようになる、というあらすじから、その能力を駆使して自身に降り掛かる様々な問題を解決していく伝奇活劇・・・みたいな展開を予想していたのですが、内容は全くそんなことはなく、麻生はこの力をすぐに失ってしまいます。
幻視した未来を変えてみる実験によって、麻生は、万物を超越したような感覚に一瞬だけ触れる。少ないながらも現代まで生き残っているオウムガイと、多大なる繁栄の後に絶滅したアンモナイトの違い。それは各々が持つ螺旋だった。万物の進化には常に螺旋がついて回る。
生命とは、進化とは何かということを、氏独自の観点による「螺旋」というテーマで解釈していくちょっと哲学的な小説ですね。読む程に彼の描く世界観に引き込まれ、氏の文章の読み易さも相まって非常に面白く読めた作品・・・なのですが、残念ながら未完結。
全3部構成らしいですが、本作「月に呼ばれて~」では、1部と2部のプロローグだけ描かれています。1部の最後で、麻生とある重要人物が邂逅するところで幕を閉じていて、先がすごく気になるのですがいつ読めるのかしらん。
アニメ・天元突破グレンラガンでも、「螺旋」と「進化」が重要なテーマになっていましたが、本作や、夢枕獏氏の螺旋をテーマにした別作品「上弦の月を食らう獅子」が一部モチーフになっているとか。私も本作読んでいる時に真っ先に思い出したのがグレンラガンでしたねw
上弦の月を食らう獅子もそのうち読んでみたいなあ。
折原一氏の倒錯のロンドです。
主人公は山本安雄、推理小説家を目指す無職の青年。五年間の研鑽を経て完成した受賞確実の傑作「幻の女」の原稿が何者かに盗まれてしまった。途方に暮れた山本だったがある日推理小説新人賞の受賞作に「幻の女」を発見する。これを皮切りに盗作者と原作者の駆け引きが始まる。
と言った感じのあらすじ。
折原一氏と言えば、叙述トリックに情熱を注ぐ叙述トリックの大家といってもいい作者として有名です。倒錯のロンドは、その氏のデビュー作と言ってもいい作品です。昔ながらのミステリのように「挑戦状」みたいなものも用意し、最後にはページ参照まで注訳しながら丁寧に小説のからくりについて解説してくれています。本来こういったメタ的な文章は、感情移入出来ず、物語としての完成度を損なうものですが、氏の作品はこういったトリックを楽しむエンターテイメントなのでしょうから、これもまた一興かなと思います。
以下完全ネタバレとなりますのでご注意をば。
というわけで、倒錯のロンド。うーん途中までは予想出来ても、中々一本になるまで想像が及ばないんですよねえw そこが私の読解力と注意力と想像力の無さを表しています。山本に天啓みたいなのが下りて急に筆が進んだ時は、産みの苦しみを十分に知っている作者がそんな都合の良い展開を描くとも思えず、なんか丸写ししたんだろうなーとは予想出来たんですよ。で、そうすると山本は狂ってしまっているので山本の手記自体はあまり信用出来なくなる。今度は白鳥の方ですが、彼も短編の一本すら書けないという体たらくでしたので、もしかしたら彼自身も誰かの盗作で成り上がった人物なのかな、と邪推してしまいました。白鳥≠永島であることはなんとなく予想していたんですが、永島が原稿を盗んだ事件と、山本が原稿を盗まれた事件が別なのかな?とか変な方向に考え始めてしまってパニックでしたねw
視点が切り替わって、それぞれの思惑や駆け引きが楽しめる点も面白かったですね。しかし山本の親友の城戸はすごい良い奴でしたねえ・・・。山本の病状も知っていたんでしょうし、100万円で友情が修復出来るなら安いもんさ!とか何この好青年。山本なんて同情の余地はあるものの、五年間ニートで、新人賞の応募も半年以上もダラダラして何も書かなかったダメ人間ですよ。そんな人間に無償でワープロで文章打ち直してあげるとか、良い奴過ぎるだろう。
いやーでもこの作品本当に乱歩賞与えて欲しかったですよねw 乱歩賞を取って初めてこの作品が真に完結する訳ですから。いや、まあそんな理由で章もらえちゃダメなんでしょうけど、作中の巧妙なトリックとその面白さは十分にそれに値するものだと思うほどでしたし。
しかし叙述トリックを用いた作品は色々と扱いが難しいですねえ・・・。折原一氏や乾くるみ氏のイニシエーションラブなんかは、最初から叙述トリックであることを念頭に置いて、それを暴くつもりで挑戦するのが一番作品を楽しめる作風。乙一氏や伊坂幸太郎氏なんかは、物語に面白さと情緒を与える一つのアクセントとして叙述トリックを取り入れている作風。後者の場合は叙述トリックものであることを事前に知ると楽しみが半減してしまいます。どちらが好みかは人それぞれでしょうけどね。
はい、というわけで、久しぶりの読みゲーレビューです。ここのところコンシューマーのゲーム攻略に勤しんでいたため中々腰を据えてプレイ出来なかったのです。
マブラヴオルタネイティヴ クロニクルズ02です。
これはageの作品、マブラヴのファンディスク的な扱いのゲームの続編となります。故に、マブラヴ、マブラヴオルタネイティヴをプレイ済みであることが望ましいです。まあ本作だけでも楽しめないことはないですけどね。
総評:7点
以下ネタバレとなります。
というわけで、逢坂剛の百舌の叫ぶ夜です。
家に積んであった小説の中から適当に見繕ったものです。・・・多分長門100冊の影響で買っておいたものだと思います。
自身を百舌と自称する殺し屋やターゲットの筧を尾行していた。しかしその筧は目の前で周囲を巻き込み爆死してしまう。場面変わって新谷和彦が赤井という男に連れられるシーン。そこで新谷は崖から突き落とされてしまう。さらに場面は転換し、一本のビデオテープを見る男のシーン。その映像の中には無残に殺されていく捕虜が映し出されていた。復讐を誓う男。
これが導入部です。既に情報量が多すぎてわけがわからないですが、このように本作は、誰か一人が語り部となって物語を引っ張るわけではなく、様々な人間の視点で展開されていくサスペンス小説です。新宿で起きた、爆破事件をきっかけとして様々な人間の思惑が錯綜し、物語は進みます。
文章は非常に硬派な感じで、余計な比喩表現等は殆ど使われていません。ミステリ小説でもあるみたいですが、それよりは事件を追っていく公安の倉木、捜査一課の大杉、そして殺し屋の百舌の動向をひたすら見て楽しむのがベストかと思います。
以下ネタバレなのでご注意をば。
本作にはトリックの肝として叙述トリックが組み込まれています。といっても叙述トリックといっていいのかどうか微妙なところですが、少なくともこの小説が1980年代に書かれたとは思えないですね。謎の殺し屋だった百舌ですが、中盤までは赤井達に殺されかけた新谷和彦と同一人物と見せていたのが、実はなんと双子の弟の宏美だった、というトリック。そして彼は子供の頃から父親に娘であるように育てられて、和彦の妹として生活していた、という当時からすればなんとも斬新な内容でした。いまから30年以上前に男の娘ですよ!?どんだけ時代を先取りしているのですかこの御方はw
たしかに今から見れば記憶喪失であるとか双子であるとかは多少陳腐な設定に見えてしまうのでしょうが、それを補って余りある内容の濃さ。倉木や大杉といったキャラクター達の濃さもまたそれを助長しています。この小説の面白いところは上記のようなトリックもあるのですが、一癖も二癖もある刑事達の熱い心理戦にありますね。倉木と大杉、どちらも理念は違えど非常に優秀な人材です。
もう一つ、作中では時系列トリックも仕込まれています。章が変わる際の番号の位置で、その章が現在を描写しているのか、過去を描写しているのかがわかるようになっているのですが、個人的にはここまでは要らなかったかなあと愚考。ただでさえ複雑な事情が錯綜する事件が、このせいでさらにチンプンカンプンになってしまうのですよね。いや、まあ私の読解力がないだけなんですけどw 本気であれこれ考えながら読みたい人には骨太で良い作品ですが、物語を楽しみたいだけの人にはとてもオススメ出来ない作品ではあります。
あとは明星美希という女刑事が登場しますが、主人公の一人として活躍しそうな雰囲気を醸し出しながら殆ど目立った活躍無しという体たらく。この娘要らなかったんじゃね。唐突に倉木に惚れてたりとかちょっと意味分かんないし。
本作は、公安警察を描く百舌シリーズの第1作だそうで、これ以降の作品にも倉木は登場するみたいです。倉木は正義の象徴である警察官とは思えない程、冷徹で冷静で、どこか狂気を孕んでいる面白いキャラクターなのでこちらもチェックしてみたいところですね。
「唯一の人間なんて、かけがえのない事柄なんて、ない」
というわけで、ようやくリアルタイムで感想を書けるところまで到達しました。
セカンドシーズン最終巻として、めでたく発売となった恋物語感想です。
以下いきなりネタバレですので、ご注意をば。
まあそりゃあね、語り部がアララギさんでもガハラさんでもないかも知れないことぐらいは、誰もが予想してましたよ?でも、流石に貝木が語り部なんて予想してねえよ!この時点で、あ、こりゃサードシーズンあるなと確信しました。
忍野に比べて色々と出番が多くなっていた貝木でしたが、彼の内面が描かれ株爆上げの恋物語でした。恋物語の「恋」は、アララギさんとガハラさんのことや撫子の片思いも意味しているのでしょうが、貝木泥舟の恋を最も表していたといってもいいでしょう。
うーんしかしなあ。今更ガハラさんの家族を崩壊させたのが、ガハラさんのためだったとか言われてもなんだか後付に感じてしまうんですよねえ。貝木は心理描写自体がツンデレなので本人は絶対に認めないでしょうが、2年前は完全にガハラさんと相思相愛だったといっても良いですね。
まあこの不自然な株上げはやはり死亡フラグだったのか、最後に報いを受ける貝木。花物語で出ていたんで、死んではいないんでしょうけど、怪異化しちゃってたのかも知れません。多分彼についてはこれ以上語られることはないんでしょうけどね。
というわけで恋物語。撫子の心の闇は想像以上に深く、それは一流の詐欺師である貝木の予想すら遥かに超えたものだった。嘘を即座に看破され(というか始めから信じてなかったんですが)、絶体絶命の貝木は、最後に撫子の部屋のクローゼットで見た真実を語る。・・・いや真実とか大層なものでもなく、それは撫子の描いた漫画であり、黒歴史だったわけです。
人間、本当に好きなものは中々表に出せないっていうのは結構ありがちです。で、1番じゃなくて、2番目ぐらいに好きなものだったら、結構人に言えたりする。それは多分自己保護みたいなモノなんでしょうね、多分。誰でも1番好きなものを否定されたらキツイですから。2番目のものだったら例え否定されても1番目を否定されたわけじゃないから平静を保てる。東方のアリスが常に本気を出さないのと同じ。自分そのものを否定された気がして後が無くなるから。
まあ精神的に強い人はこの例には該当しないんでしょうけどね。とにかく撫子はそういう人間だったわけです。貝木の言うとおり、本当に撫子のしたいことが漫画を描くことで、それはアララギさんへの気持ちより強いものだったのかどうかは分かりません。けれど、撫子が神様になって数ヶ月、漫画を描けなくなってもいいのか?と彼女を説得した人間は貝木ただ一人だったのも事実。
そして晴れて撫子は神様を辞め、普通の中学生に戻っていく。彼女を取り巻く状況は何も解決されていません。相変わらず可愛がられるという虐待を受け続けるんでしょうけど、自分の夢を自覚できたからなんとかなりそうですかね。わからん。
今回アララギさんの出番はほんのちょっとでした。八九寺が消え、撫子ともこれからはもう会えない。アララギハーレムは着実に終わりを迎えようとしていますねw 今回の話で改めて思いましたが、阿良々木さんと貝木って根っこのところで結構似てますよね、困っている人をなんだかんだ言いながら助けてしまうところとか。Fateの士郎とアーチャーが例えとして一番近い気がする。お互いに忌み嫌っているところも似てるし。
さて、予想通りというか当たり前というかやはりあったサードシーズン改めファイナルシーズン。本当にファイナルシーズンで終わるのか、もはや解りませんがとりあえず、2012年度に3作発表する予定みたいですね。それぞれ余接、蝋花、扇が語り部と思わせるようなサブタイトルでしたが果たして。
しかしなあ・・・新刊が出る度に新たな謎や伏線が増えるし、主人公のアララギさんが何やってたのかも不明だし、どこまでいっても物語シリーズは綺麗すっぱり終わる、なんてことはないんだろうなあと今更ながらに感じました。別に全部書けなんてことは言いませんが、意味ありげにあの事件は大変だったねーなんていったことぐらいはちゃんと書いて欲しいですね。正直ちょっとダラダラし過ぎな気がする。
しかしなあ・・・新刊が出る度に新たな謎や伏線が増えるし、主人公のアララギさんが何やってたのかも不明だし、どこまでいっても物語シリーズは綺麗すっぱり終わる、なんてことはないんだろうなあと今更ながらに感じました。別に全部書けなんてことは言いませんが、意味ありげにあの事件は大変だったねーなんていったことぐらいはちゃんと書いて欲しいですね。正直ちょっとダラダラし過ぎな気がする。
第4回ホラー小説大賞を受賞したという作品です。
保険会社の営業職である若槻慎二は菰田重徳の家を訪れるが、そこで菰田家の子供が首を吊った状態で死亡しているのを発見してしまう。事件の疑いが濃厚な事案であったことに加え、菰田家には以前にも自傷とも疑われる不可解な保険金請求があったことから、若槻の保険会社では保険金の支払いを保留していたが重徳は執拗に支払いを求める。疑念を抱いた若槻は、一連の事件の首謀者を重徳と推測、妻の幸子に注意を促す匿名の手紙を送るのだが・・・
とあらすじコピペ。
発表後に和歌山毒物カレー事件に酷似してることでも話題になったベストセラー小説です。主人公は上記のように保険会社の社員なのですが、よくある外回りの営業ではなく、会社で客と相対する内務の職業です。貴志祐介氏自身が保険会社の社員だったこともあるらしく、生命保険という制度の表と裏について非常に綿密に描かれています。応接室の灰皿は薄いものにしたり冷たい飲み物を勧めたりと細かい描写がリアルです。
さて、この黒い家。ホラーというジャンル自体それ程好まないせいもありますが、マジで怖い。小説読んで戦慄するなんて中々ありません。それでいて、いやそれ故か読み始めたら止まらない、先を知りたくなる魅力があります。怖さの類がまた特異であることが本作の面白いところですね。
日本のホラーといえば幽霊、怨霊、妖怪といったオカルトチックなものが一般的ですが、この黒い家は、そういった非科学的なものを一切出すこと無く、とにかく異常な人間を描くことだけで成立している小説です。描写がグロテスクだとかスプラッタだとか、そういう怖さではなく、単純に不気味、薄ら寒いといった怖さ。今隣にいる人が、もしかしたら殺人鬼なのかも知れない。そんな社会にあなたはいるんですよ、というのが恐怖感を煽る最大の演出ですね。
以下ネタバレです。
構成は非常に分かりやすく作られていて、読み易いのが良いですね。サイコパスだったのは菰田重徳ではなく、妻の菰田幸子だった、と判明した時の戦慄は半端じゃないです。本人に注意を促す手紙を送ってしまったこと、小学生の頃の作文が示す真実。もちろん予想出来る範囲なのですけど、主人公の心理がきちんと描かれていて感情移入しやすかったですね。
古来より得体の知れないもの、理解の及ばないものが一番怖いというのが日本人というか人間の本能だとされてきました。だからこそ原因の解らない疫病を妖怪のせいにしたり、なんとか自分達の理解の範疇に収めようと努力をする。現代ではこれらも科学的な根拠の元に解明され人間の理解が及ばないものは殆ど無くなっています。そんな時代だからこそこういった行動原理の分からない精神異常者が誕生し、最も身近で怖いものとして描かれるのかも知れません。
中年のひ弱な女性に過ぎない菰田幸子は数々の人間、同種の怖さを持っていた潰し屋の三善ですら殺してしまう。若槻と対峙した際も、その攻撃性が顕著に出ていましたが、相手の眼や急所を狙うことに何のためらいもなく実行出来ることに怖さがあるんですよね。乙一氏のGOTHを読んだばかりなのでこういった異常者が多い社会になってるんだろうか、とちょっと本気で心配になったり。これ10年以上前の小説ですし、金石が言っていたことが現実になってるのかも、見たいな。
また、先に述べた、保険という制度の現状と問題点や、心理学の観点からのサイコパスが生まれる土壌などもある程度解説されているため、社会派ホラー小説といってもいいのかも知れません。とりあえず一つ言えることは保険会社の社員には絶対成りたくないな、ということです(ぉ
若槻の恋人役として登場した恵も心理学に精通していて、きちんとキャラが立っていて良かったです。あれだけの目にあってもなお、生来の異常者なんていないと言える彼女は凄いですね。その彼女を作り上げたのが、異常とも言える両親だったのは皮肉ですが。
一応本作の〆としては若槻と恵が信じたように、異常者とは幼少時代のトラウマや家庭環境が作り出すものであり、それを改善することで彼らが生まれるような社会にはならないという結論ではありました。しかし菰田幸子が引き起こした惨劇があまりに鮮烈過ぎて、全然希望が見出せない感じですけどねw
一応本作の〆としては若槻と恵が信じたように、異常者とは幼少時代のトラウマや家庭環境が作り出すものであり、それを改善することで彼らが生まれるような社会にはならないという結論ではありました。しかし菰田幸子が引き起こした惨劇があまりに鮮烈過ぎて、全然希望が見出せない感じですけどねw
とにかく読み始めたら止まらない、ノンストップホラーサスペンスです。オススメ。
というわけで、乙一のGOTHです。
文庫版が薄いのに何故か二分割されているのが、非常に気になります。
この小説は「僕」と森野夜という二人が遭遇する猟奇殺人事件を描いた全6篇の短編連作小説です。
氏の文章は過度な装飾がなく淡々としていますが、それが作品全体に乾いた印象を与えます。
「僕」と森野夜は、人間の持つ暗黒面に強く惹かれる性癖の持ち主。その暗黒性はGOTHと称される。そんな二人は町で起きる奇妙な殺人事件に遭遇していく。
と、短篇集ですので、全編通してのあらすじとなるとこの程度になってしまいます。人間の持つ暗黒面とは死体とか猟奇殺人とかに興味を持ったりするアレです。普通の人ならブレーキを踏んでしまうところで迷いなくアクセルを踏み続けていられる人間達。・・・なんか幽遊白書でこんな表現なかったかな。刃霧要のところだったかしら。ついでだから幽遊白書で例えると黒の章の内容が人間の暗黒面そのものといっていいでしょうね。
以下いきなり完全ネタバレなのでご注意をば。
どれも面白かったですが、唯一犬だけはアンフェアだった気はしましたね。「私」がユカを神聖視していたのは分かるんですが、ユカを自分の主と言い、義父を殺す方法として喉元に噛み付くことを選んだのは流石に無理がある気がしました。ナイフを使う知恵があるなら、最初から包丁でもなんでも使えば良かったのに、というのは野暮でしょうかねえ。1話、2話ではミステリとしては古典といってもいいトリックでしたし、3話の「犬」で、急にリアリティを無くした動物視点の描写をするとはどうしても思えなかったので最初からユカが犬なんじゃないかと疑って掛かっていました。ですが、義父の喉元に噛み付いた時点で、やっぱり違うのかなあ・・・と思っていたのに。
とはいえ、乙一氏は、ライトノベルというジャンルの偏見を払拭したい気持ちもあったのですから、この短編集にそれぞれトリックを仕込んでいたのは素直に凄いと思いますけどね。6作の中では「犬」だけ少し違和感を感じたということです。
で、本作はこのミスでも2位を取ったりで、ミステリ小説として評価を得た作品なのですが、私的には文学的な面白さをこそ楽しむべき作品だったかなと思っています。
これは叙述トリックにそれほど慣れていないユーザーが陥り易い問題・・・というか私のことなんですけど、どうしてもミステリに対してこれは叙述トリックなんじゃないか?AとBは実は同一人物なのではないか、みたいな疑いを持ったまま読んでしまうんですよね。そしてその疑いが例え合っていようと間違っていようと、そんなことを思いながら物語を読み進めて感情移入出来る程、私は器用ではないのです。これでは物語として台無しですよね。
叙述トリック自体はもちろん素晴らしいテクニックなんですが、これを解答を提示される前に見破ってやる!なんていうユーザーの思考がそもそも間違いなんだなあ、と最近痛感しました。
GOTHについて非常に綿密に考察しているサイトさんがありました。その方曰く、騙されなかった人は人生の何割かを確実に損している、と断言されていましたが、正にその通りだと思います。変に根拠のない予想をしてやっぱりな、と勝手に落胆するより素直に騙されて、驚いて、作者に感服するのが物語を楽しむ秘訣だな、と思い直しました。
そういう意味では私ももっと素直にこのGOTHという作品を楽しむべきだったなあと思います。
脱線しましたが、本作の物語としての面白さはどこにあるのか。それは暗黒系で示される「僕」と森野のスタンスがまず挙げられます。ミステリとしての体を取っている作中で、「僕」は推理して犯人を追い詰めます。そこで犯人に自白させ警察に引き渡して事件解決、というのが一般的な流れです。しかし彼らの死に魅入られている異常性は、そうはせず、死体を発見しても通報しない、犯人に出会っても捕まえない。そもそも「僕」は真っ当な正義感も倫理観も持ち合わせていません。結果的に彼が推理して犯人に辿り着くのもひとえに犯人と、同種の匂いを持った人間と会いたいという欲求を満たすために過ぎないわけですね。
読み始めの当初こそ、「僕」や森野の猟奇趣味は、思春期にありがちの今で言う厨二病どストレートな言動に思えるのですが、彼らにはその種の人間に感じる一般人と違うオレSugeeee!みたいなナルシズムを感じないのですよね。乙一氏の作風自体にそういう匂いを感じないといった方が良いのかも知れませんが。森野は演じていた部分もあっただろうし、そこに至るトラウマもありますが、「僕」に関してはもう生まれついての化物ですので、そういった類の人間とは一線を画します。
殊能将之氏の「ハサミ男」でも異常者を描いていましたが、作中の刑事が殺人の動機なんてものは全て後付に過ぎないといった趣旨のことを述べていた記憶があります。GOTHでは明確な動機がある殺人は犬以外ありません。手が欲しかった、埋めてみたかった。彼らは別に恨みがあったわけでも目的があったわけでもなく、ただ自分の本能に従った、あるいは抗えなかった人々でした。
また、全6章に渡って展開されていく「僕」と森野の関係も面白いです。「僕」の森野に対する感情は一貫して「観察対象」に尽きる。そこに多少なりとも恋愛感情や歪んだ愛情が混ざっていたとしても基本的なスタンスは変わらない。対して森野の「僕」に対する感情は、最初は同種の仲間として。次は本当の自分に気付いてくれた唯一の人間として。そして結果的に何度も「僕」に助けられた彼女は、恋愛感情を抱きながらも、彼との根源からして異なる、絶望的なまでの距離を知り不安を抱く。
物語が進むに連れ、同種と思われた「僕」と森野はその違いを明確にしていきます。1~5話にかけて、猟奇殺人犯をも上回る異常者として表現されてきた「僕」。6話のトリックは神山樹と犯人の入れ替えトリックがミステリとしての肝だったわけですが、これまでの描写で「僕」が、殺人を犯してもおかしくない異常者であることに説得力を持たせていました。
ただ、元がライトノベルという先入観からか、主人公が殺人を犯して終わるというバッドエンドにはならないんじゃないかという淡い願望みたいなものがあったため、最後まで「僕」=犯人というのには疑問を抱いていました。こういう先入観はとことん邪魔だよなーと思う次第ですねw
「死を賭してでも姉妹の絆を取り戻そうとする姿を見たかった」と解説され、ようやく読者の理解の範疇に収まったと思われた「僕」は「僕」ではなく、単なるこの事件の犯人だった。そして「僕」こと神山樹は決して常人に理解されることはない、ある種のカリスマ性を持ったまま物語を終える。ミステリとして楽しめ、「僕」の魅力を損なうこと無く描いたこの6章「声」はGOTHの幕を閉じるに相応しい傑作ですね。
最後に森野は神山樹との違いを見せられ、同時に彼の自分への執着が無くなってしまうことに不安を抱いたんでしょうね。そして樹はそれはとうの昔に気付いていて、「言われなくても知っている」と答える。
この先の物語は想像するしかありません。真っ当な人間に戻っていった森野から神山樹は離れてしまうのか、神山樹を繋ぎとめるために、森野はGOTHとして自分を演じ続けるのか。まあ森野の異常者を惹きつけるフェロモンみたいなのは本物っぽいので、多分これからもまだ見ぬ彼らと邂逅するために森野に執着し、なんだかんだで守っていくんだろうなーとは思っています。
・・・ここだけ見ると恋愛小説みたいですね。というか森野可愛すぎです。森野を理解出来るのは樹だけだけれども、樹は森野の理解を遥かに超えた存在。そこがすごく切ない関係ですねえ。
というわけで総評。
ミステリとしても文学としても、恋愛小説としても楽しめる、名作。グロテスクな描写が多々ありながらも、決して読後感は悪くないという珍しい作品です。各短編が余韻を残して終わるのがまた乙ですね。本作でかなり乙一氏の作風が気に入りましたので、他の作品にも手を出してみようと思案中。
ちなみに漫画版のGOTH(大岩ケンヂ氏)も読んで見ました。叙述トリックはどうしようもないし、頑張っていた方だとは思いますが、出来れば小説の後に読んで欲しい漫画でしたね。非常にもったいないので。ビジュアルイメージはとてもマッチしていたと思います。特に森野ね。何あの可愛い生き物。
文庫版が薄いのに何故か二分割されているのが、非常に気になります。
この小説は「僕」と森野夜という二人が遭遇する猟奇殺人事件を描いた全6篇の短編連作小説です。
氏の文章は過度な装飾がなく淡々としていますが、それが作品全体に乾いた印象を与えます。
「僕」と森野夜は、人間の持つ暗黒面に強く惹かれる性癖の持ち主。その暗黒性はGOTHと称される。そんな二人は町で起きる奇妙な殺人事件に遭遇していく。
と、短篇集ですので、全編通してのあらすじとなるとこの程度になってしまいます。人間の持つ暗黒面とは死体とか猟奇殺人とかに興味を持ったりするアレです。普通の人ならブレーキを踏んでしまうところで迷いなくアクセルを踏み続けていられる人間達。・・・なんか幽遊白書でこんな表現なかったかな。刃霧要のところだったかしら。ついでだから幽遊白書で例えると黒の章の内容が人間の暗黒面そのものといっていいでしょうね。
以下いきなり完全ネタバレなのでご注意をば。
どれも面白かったですが、唯一犬だけはアンフェアだった気はしましたね。「私」がユカを神聖視していたのは分かるんですが、ユカを自分の主と言い、義父を殺す方法として喉元に噛み付くことを選んだのは流石に無理がある気がしました。ナイフを使う知恵があるなら、最初から包丁でもなんでも使えば良かったのに、というのは野暮でしょうかねえ。1話、2話ではミステリとしては古典といってもいいトリックでしたし、3話の「犬」で、急にリアリティを無くした動物視点の描写をするとはどうしても思えなかったので最初からユカが犬なんじゃないかと疑って掛かっていました。ですが、義父の喉元に噛み付いた時点で、やっぱり違うのかなあ・・・と思っていたのに。
とはいえ、乙一氏は、ライトノベルというジャンルの偏見を払拭したい気持ちもあったのですから、この短編集にそれぞれトリックを仕込んでいたのは素直に凄いと思いますけどね。6作の中では「犬」だけ少し違和感を感じたということです。
で、本作はこのミスでも2位を取ったりで、ミステリ小説として評価を得た作品なのですが、私的には文学的な面白さをこそ楽しむべき作品だったかなと思っています。
これは叙述トリックにそれほど慣れていないユーザーが陥り易い問題・・・というか私のことなんですけど、どうしてもミステリに対してこれは叙述トリックなんじゃないか?AとBは実は同一人物なのではないか、みたいな疑いを持ったまま読んでしまうんですよね。そしてその疑いが例え合っていようと間違っていようと、そんなことを思いながら物語を読み進めて感情移入出来る程、私は器用ではないのです。これでは物語として台無しですよね。
叙述トリック自体はもちろん素晴らしいテクニックなんですが、これを解答を提示される前に見破ってやる!なんていうユーザーの思考がそもそも間違いなんだなあ、と最近痛感しました。
GOTHについて非常に綿密に考察しているサイトさんがありました。その方曰く、騙されなかった人は人生の何割かを確実に損している、と断言されていましたが、正にその通りだと思います。変に根拠のない予想をしてやっぱりな、と勝手に落胆するより素直に騙されて、驚いて、作者に感服するのが物語を楽しむ秘訣だな、と思い直しました。
そういう意味では私ももっと素直にこのGOTHという作品を楽しむべきだったなあと思います。
脱線しましたが、本作の物語としての面白さはどこにあるのか。それは暗黒系で示される「僕」と森野のスタンスがまず挙げられます。ミステリとしての体を取っている作中で、「僕」は推理して犯人を追い詰めます。そこで犯人に自白させ警察に引き渡して事件解決、というのが一般的な流れです。しかし彼らの死に魅入られている異常性は、そうはせず、死体を発見しても通報しない、犯人に出会っても捕まえない。そもそも「僕」は真っ当な正義感も倫理観も持ち合わせていません。結果的に彼が推理して犯人に辿り着くのもひとえに犯人と、同種の匂いを持った人間と会いたいという欲求を満たすために過ぎないわけですね。
読み始めの当初こそ、「僕」や森野の猟奇趣味は、思春期にありがちの今で言う厨二病どストレートな言動に思えるのですが、彼らにはその種の人間に感じる一般人と違うオレSugeeee!みたいなナルシズムを感じないのですよね。乙一氏の作風自体にそういう匂いを感じないといった方が良いのかも知れませんが。森野は演じていた部分もあっただろうし、そこに至るトラウマもありますが、「僕」に関してはもう生まれついての化物ですので、そういった類の人間とは一線を画します。
殊能将之氏の「ハサミ男」でも異常者を描いていましたが、作中の刑事が殺人の動機なんてものは全て後付に過ぎないといった趣旨のことを述べていた記憶があります。GOTHでは明確な動機がある殺人は犬以外ありません。手が欲しかった、埋めてみたかった。彼らは別に恨みがあったわけでも目的があったわけでもなく、ただ自分の本能に従った、あるいは抗えなかった人々でした。
また、全6章に渡って展開されていく「僕」と森野の関係も面白いです。「僕」の森野に対する感情は一貫して「観察対象」に尽きる。そこに多少なりとも恋愛感情や歪んだ愛情が混ざっていたとしても基本的なスタンスは変わらない。対して森野の「僕」に対する感情は、最初は同種の仲間として。次は本当の自分に気付いてくれた唯一の人間として。そして結果的に何度も「僕」に助けられた彼女は、恋愛感情を抱きながらも、彼との根源からして異なる、絶望的なまでの距離を知り不安を抱く。
物語が進むに連れ、同種と思われた「僕」と森野はその違いを明確にしていきます。1~5話にかけて、猟奇殺人犯をも上回る異常者として表現されてきた「僕」。6話のトリックは神山樹と犯人の入れ替えトリックがミステリとしての肝だったわけですが、これまでの描写で「僕」が、殺人を犯してもおかしくない異常者であることに説得力を持たせていました。
ただ、元がライトノベルという先入観からか、主人公が殺人を犯して終わるというバッドエンドにはならないんじゃないかという淡い願望みたいなものがあったため、最後まで「僕」=犯人というのには疑問を抱いていました。こういう先入観はとことん邪魔だよなーと思う次第ですねw
「死を賭してでも姉妹の絆を取り戻そうとする姿を見たかった」と解説され、ようやく読者の理解の範疇に収まったと思われた「僕」は「僕」ではなく、単なるこの事件の犯人だった。そして「僕」こと神山樹は決して常人に理解されることはない、ある種のカリスマ性を持ったまま物語を終える。ミステリとして楽しめ、「僕」の魅力を損なうこと無く描いたこの6章「声」はGOTHの幕を閉じるに相応しい傑作ですね。
最後に森野は神山樹との違いを見せられ、同時に彼の自分への執着が無くなってしまうことに不安を抱いたんでしょうね。そして樹はそれはとうの昔に気付いていて、「言われなくても知っている」と答える。
この先の物語は想像するしかありません。真っ当な人間に戻っていった森野から神山樹は離れてしまうのか、神山樹を繋ぎとめるために、森野はGOTHとして自分を演じ続けるのか。まあ森野の異常者を惹きつけるフェロモンみたいなのは本物っぽいので、多分これからもまだ見ぬ彼らと邂逅するために森野に執着し、なんだかんだで守っていくんだろうなーとは思っています。
・・・ここだけ見ると恋愛小説みたいですね。というか森野可愛すぎです。森野を理解出来るのは樹だけだけれども、樹は森野の理解を遥かに超えた存在。そこがすごく切ない関係ですねえ。
というわけで総評。
ミステリとしても文学としても、恋愛小説としても楽しめる、名作。グロテスクな描写が多々ありながらも、決して読後感は悪くないという珍しい作品です。各短編が余韻を残して終わるのがまた乙ですね。本作でかなり乙一氏の作風が気に入りましたので、他の作品にも手を出してみようと思案中。
ちなみに漫画版のGOTH(大岩ケンヂ氏)も読んで見ました。叙述トリックはどうしようもないし、頑張っていた方だとは思いますが、出来れば小説の後に読んで欲しい漫画でしたね。非常にもったいないので。ビジュアルイメージはとてもマッチしていたと思います。特に森野ね。何あの可愛い生き物。
というわけで何故かトラックボールを購入してみました。どれにしようかと迷っていたところ、トラックボール界で著名なサイト猫のトラックボールルーム様でオススメしていたのがきっかけで、ケンジントン製のトラックボール、ExpertMouse5をオークションで購入。
このトラックボールの特徴はボール部分に57mmの大玉というビリヤードボールと同じ大きさのものを使用しており、↑のように換装出来たりしちゃうのです。そしてこの官能的といってもいい、繰球感。ただゴロゴロしてるだけでも心地よいこの感覚はマウスはおろか他のトラックボールでも中々味わえないですね。
今時のマウスとしてスクロールがないのはネックなんですが、WheelBallなどの支援ソフトを使うことで、ある程度なんとかなりますね。・・・というかこのトラックボールを回転させて、画面スクロールさせるのが気持ち良いのですけどねw
で、実際の使い心地ですが。
腕を動かさず指先だけ動かすため、負担は少ないのですが、その特性上精密な動作がしにくいのは否めないですね。あとはドラッグを薬指や人差し指でボタンを押しながら繰球することになるため、慣れないと指が攣りそうになります。
あとは・・・純正の玉からビリヤードボールに変更してから、玉が反動で回転方向と逆方向に戻ってきてしまうという問題が発生中ですw 純正の玉ならこの問題は発生しないのですが、せっかくだからビリヤードボールで繰球したいというワガママな悩みです。うーん何が原因なんだろう。玉の滑りが悪いのかしら。
何れにせよマウスがないと今のところ困ることも多いのですが、段々慣れていけばトラックボール一本でいけるようになるかも知れません。
現在は、Expert Mouse 5は絶版でオークションや中古で入手するしかありません。最新版のExpert Mouse7ではスクロール機能をサポートしたスクロールリングが実装されていたり光学式になっていたりと至れり尽くせりなのですが、ボールが一回り小さくなってビリヤードボールは使えないそうです。遊び心と所有感を満たしたい人にはオススメです。
宮部みゆき氏の代表作でもある火車です。ゲーマーとしても有名な氏で、その関連で私の愛するゲーム「ICO」の小説版を書いた人でもあります。そちらは既読済み。宮部みゆき氏の小説を読んだのはICOが初めてだったのですが・・・その評価は・・・推して知るべし。
ただ、それ以前から一流の作家さんであることぐらいは知っていましたし、評価を改めるためにも氏の代表作ぐらいは読んでみようと思って本作を読み始めたわけです、はい。
で、このタイトルにもある火車とは葬式や墓場から死体を奪っていくという妖怪のことで、その特性からある女性の失踪事件に纏わる謎を貫く鍵となっています。
休職中の刑事・本間が親戚から失踪した婚約者を探して欲しいという依頼を受ける。捜査を進めると、その婚約者・関根彰子は自己破産経験者であったが、その手続をした人物と依頼人の婚約者であった人物は容姿も性格も全く違う人間だったことが判明する。本間は本物の関根彰子に成り変わった女性を追う中で、様々な人間と接触し、彼女の過去とその人間性を知ることとなる。
といったようなあらすじです。
以下ネタバレありですのでご注意をば。
あらすじだけだと別段、よくありそうな事件に思えますが、本作の魅力はその構成にあるといっていいでしょう。犯人役が最後の最後まで実際に出てくることはなく、その動機を語るシーンもないという徹底した構成。このミステリーとしては特異といっていい構成と演出は他の作品では味わえないものだと思います。ただそれが人によっては消化不良だったり、単純につまらないという評価にもなってしまうのも仕方がないのですが。
ユーザー側が推理する余地があまりないため、推理小説の括りには当てはまらないと思います。社会派ミステリーというのが一番しっくりきそうですね。1992年の作品ですが本作の重要なテーマである消費者金融についての云々は現代にも通ずるものがありますね。こうした背景から一種の経済小説とも取れるのかも知れません。あるいは社会風刺も込められてるのかも。
本作の面白いところは、終盤では、赤の他人と思われた関根彰子と、新城喬子の接点が判明し、バラバラだったパズルのピースが一つになっていくのですが、決定的な証拠があるわけではなく、全ては本間の妄想に過ぎない可能性すら残されていることですね。何せ犯人の自供は描写されていないのですから。しかし彼女の過去を追うことで、彼女が何を考え、どういう理念で行動していたのかが想像出来て、新城喬子がどのような人間だったのかは出会う前に全て解っていた。だからこそ最後に語られることはなかったわけですね。事件を追っていた本間刑事も幼馴染を殺された保も、彼女を憎むことはありませんでした。ただ、会って話がしたいという思いがあるだけ。
特に印象的だったのは、ラストシーンはもちろんのこと、新城喬子の元夫・栗田が語った回想。実の父親を死んでいて欲しい、頼むから死んでいて、と念じながらページをめくる彼女にはどうしようもない気持ちを抱かせます。
関根彰子の自己破産手続きをした弁護士の「多重債務者となる人間は、結局どこか本人に落ち度があるからだ、と決めつけていませんか?」という問いは、読者の多くがハッとさせられたところだと思います。たしかに私もテレビでの紹介や周りの人間を見て、どうしてああも刹那的に生きられるのだろうと思うことが多々あり、心のどこかで彼らを見下していた節があったことを指摘されたようでドキリとしました。
しかし、その後の弁護士の話を聞いても、それって結局本人の落ち度じゃない?と思うような事柄しか出て来なかったのは肩透かしでしたけどね。サラ金の借金を返すためにサラ金から金を借りる。一時しのぎにしかならないようなことを(やむを得なかったとはいえ)繰り返す行為に落ち度がないなんて誰も言えない気がするんですけどね。同情の余地はあったとしても。この辺が経済小説として受け入れられなかった点なのでしょうか。
まあこんなことも、私が幸せな世界しか見ていないからこそ平気で言える暴言なのかもしれませんけどね。もう少し共感出来る事例を見せてくれたら評価は変わったと思うのですが。
というわけで総評としては、社会派ミステリーとしての秀逸な描写と、特異な構成・演出が映える一流の小説、といった感じ。十分に楽しめる作品ですが、展開自体は地味なので、エンターテイメント性は薄い作品ですね。
ただ、それ以前から一流の作家さんであることぐらいは知っていましたし、評価を改めるためにも氏の代表作ぐらいは読んでみようと思って本作を読み始めたわけです、はい。
で、このタイトルにもある火車とは葬式や墓場から死体を奪っていくという妖怪のことで、その特性からある女性の失踪事件に纏わる謎を貫く鍵となっています。
休職中の刑事・本間が親戚から失踪した婚約者を探して欲しいという依頼を受ける。捜査を進めると、その婚約者・関根彰子は自己破産経験者であったが、その手続をした人物と依頼人の婚約者であった人物は容姿も性格も全く違う人間だったことが判明する。本間は本物の関根彰子に成り変わった女性を追う中で、様々な人間と接触し、彼女の過去とその人間性を知ることとなる。
といったようなあらすじです。
以下ネタバレありですのでご注意をば。
あらすじだけだと別段、よくありそうな事件に思えますが、本作の魅力はその構成にあるといっていいでしょう。犯人役が最後の最後まで実際に出てくることはなく、その動機を語るシーンもないという徹底した構成。このミステリーとしては特異といっていい構成と演出は他の作品では味わえないものだと思います。ただそれが人によっては消化不良だったり、単純につまらないという評価にもなってしまうのも仕方がないのですが。
ユーザー側が推理する余地があまりないため、推理小説の括りには当てはまらないと思います。社会派ミステリーというのが一番しっくりきそうですね。1992年の作品ですが本作の重要なテーマである消費者金融についての云々は現代にも通ずるものがありますね。こうした背景から一種の経済小説とも取れるのかも知れません。あるいは社会風刺も込められてるのかも。
本作の面白いところは、終盤では、赤の他人と思われた関根彰子と、新城喬子の接点が判明し、バラバラだったパズルのピースが一つになっていくのですが、決定的な証拠があるわけではなく、全ては本間の妄想に過ぎない可能性すら残されていることですね。何せ犯人の自供は描写されていないのですから。しかし彼女の過去を追うことで、彼女が何を考え、どういう理念で行動していたのかが想像出来て、新城喬子がどのような人間だったのかは出会う前に全て解っていた。だからこそ最後に語られることはなかったわけですね。事件を追っていた本間刑事も幼馴染を殺された保も、彼女を憎むことはありませんでした。ただ、会って話がしたいという思いがあるだけ。
特に印象的だったのは、ラストシーンはもちろんのこと、新城喬子の元夫・栗田が語った回想。実の父親を死んでいて欲しい、頼むから死んでいて、と念じながらページをめくる彼女にはどうしようもない気持ちを抱かせます。
関根彰子の自己破産手続きをした弁護士の「多重債務者となる人間は、結局どこか本人に落ち度があるからだ、と決めつけていませんか?」という問いは、読者の多くがハッとさせられたところだと思います。たしかに私もテレビでの紹介や周りの人間を見て、どうしてああも刹那的に生きられるのだろうと思うことが多々あり、心のどこかで彼らを見下していた節があったことを指摘されたようでドキリとしました。
しかし、その後の弁護士の話を聞いても、それって結局本人の落ち度じゃない?と思うような事柄しか出て来なかったのは肩透かしでしたけどね。サラ金の借金を返すためにサラ金から金を借りる。一時しのぎにしかならないようなことを(やむを得なかったとはいえ)繰り返す行為に落ち度がないなんて誰も言えない気がするんですけどね。同情の余地はあったとしても。この辺が経済小説として受け入れられなかった点なのでしょうか。
まあこんなことも、私が幸せな世界しか見ていないからこそ平気で言える暴言なのかもしれませんけどね。もう少し共感出来る事例を見せてくれたら評価は変わったと思うのですが。
というわけで総評としては、社会派ミステリーとしての秀逸な描写と、特異な構成・演出が映える一流の小説、といった感じ。十分に楽しめる作品ですが、展開自体は地味なので、エンターテイメント性は薄い作品ですね。
いまさらですが、ようやくクリアしました。
ヴァルキリープロファイルやスターオーシャン等で有名な、TriAce開発でセガ販売のゲームです。
ジャンルは弾幕重奏RPGだとかなんとかいってたような気がしますが、戦闘システムや成長システムが特殊なRPGです。いちいち攻撃する度にアクロバティックに動きながら銃を乱射します。え?台詞とかが恥ずかしいし、オーバーアクションの意味がない? だがそれがいい。
というわけで世間では厨二病の頂点と言わんばかりの評価ですが、私はこういう無駄な動きとか大袈裟なセリフ回しとか大好きですけどねえw マトリックスとかリベリオンとかね。
世界観はちょうど同時期に発売されたFF13に近いですかね。バーゼルという箱庭の中、ゼニスという統合システムで完全に制御される人類。バーゼルは巨大な鉄の塊といった風で、巨大な歯車がそこかしこで動いています。緑とか海がないため、FF13に比べると悲壮感が漂う世界ですね。ただしキャラクターや序盤の展開は明るいノリで構成されており、いろんな意味でFF13と真逆な印象が強いです。
メインキャラクターはチームの保護者的な存在のヴァシュロンと無愛想な少年ゼファー、表情豊かな少女リーンベルの3人。この3人の掛け合いが結構楽しいので、キャラクターの魅力は十分に出ていますね。特にヴァシュロンは基本的な性格が女好きでお茶目なので、見てて楽しいですw バーバレラ邸イベントは必見です。
で、トライエースのRPGといえば、やはり特殊な戦闘システム。このEnd of Eternityも一言で表せない、非常に独特な戦闘システムになっています。マシンガンはスクラッチダメージ、ハンドガンやグレネードはダイレクトダメージ。インビジブル・アクションやレゾナンスアタック・・・など、本作の戦闘システムは専門用語が非常に多い上に、斬新過ぎるため慣れるまでは非常に苦労すると思います。また、システム的にもISゲージが3つしかない序盤は敵を上手く倒すことが出来ず、デンジャー状態になりやすい。
後半になるに連れISゲージにも余裕が出来て、ミスったり、追撃でお金稼いだり、パーツをゆっくり破壊したり・・・と、いろいろ考えながらプレイ出来るようになるんですがね。
銃のカスタマイズも楽しいっちゃ楽しいんですが、ひたすら面倒くさいんですよね。せめて操作性が良ければもう少しマシだったと思うのですが。ステータス類はシンプルで良かったかな。
攻撃力というバロメーターがないのは斬新ですね。あくまでマシンガンのチャージ数でダメージが増加していくという。追撃を駆使すればレベルが格段に上の相手でも倒せる可能性がある、というのは良いです。まあ結局マシンガンの追撃発生率とチャージ速度、加速度を上げる必要があるのである程度のレベルとカスタマイズは必須になるんでしょうけどね。開始直後ミサイルでフルスクラッチ→デンジャーなんてこともままあることで、そんな強敵もやり方次第で勝てたりするバランスは面白いです。
あと全体的にテンポの良いFF13をやったばかりなので特にそう思うのですが、ボス戦前にセーブが出来ない、リトライにお金が掛かる、ダンジョンに入るとメニュー画面が開けない=装備を変えられない 街の暗転ロード・・・と悪い面が色々目立ちました。 特にメニュー画面が開けないのはきつくて、例えばダンジョン内で二丁拳銃が有効な敵と特殊弾が有効な敵といた場合、どちらかを選ぶしかないみたいな状況に陥ることが多いです。エスケープヘキサなんかはわざわざ装備しなくともメニュー画面から使えても良いぐらいですしね。ボス戦も初見でどんな攻撃してくるのか、何が有効なのかを調べてから装備等を整え、改めて再戦する、なんてRPGだったらお約束のことも、このゲームだと装備を変えるためにはまたダンジョンに入るところからやり直さなきゃならないのが非常に億劫。いまどきのゲームで流石にこれはないわ。
うーんあとは武器の種類が他にも色々あったらいいと思いましたね。近接+範囲攻撃のショットガンとか、遠距離用のスナイパーライフルとか。戦闘に慣れたあとは結局同じ事の繰り返しとなるので、敵の数が多い時はひたすら面倒くさい仕様なんですよね。レゾナンスアタックをやるにしたって、ターゲットの選択が見にくくて行動ゲージを無駄に消費したりしますし。
で、ストーリーですが、ここは正直擁護のしようが無いほどに酷いです。完全にユーザー置いてけぼり。FF13なんて目じゃないぐらいにわけわかめです。続編前提で作られてるからかも知れませんが、この世界の成り立ちやゼニスに管理されているバーゼルという世界の未来、レベッカ・・・なんとなくまとまってるように見えて、全然解決してないし。うーんなんだろうな、中途半端なんですよね色々と。普通の和製RPGのように世界を救う騒動に巻き込まれるわけでもなく、しかし一応人類代表でもあるロエンと最終的に対決はするものの、世界に大きな影響を与えるわけでもない。キャラクターは魅力的だっただけに非常に惜しいですね。
世界観とかの設定は、街の人々の話をチャプター毎にちゃんと聞くことでいろいろ分かってくるというのも昔のRPGっぽいんですが、現代のゲームとしてそれが良いのか悪いのかは微妙なところ。
というわけで総評。
戦闘システムは非常に斬新でこのゲームでしか味わえない楽しさがありますが、武器のバリエーションや戦い方にもう少し幅が欲しかった。キャラクターや世界観は魅力的なものの、シナリオがぶつ切りかつ、投げっぱなしのため意味不明のまま終わってしまうのがネック。
無駄にスタイリッシュなアクションを真面目に、あるいはバカゲーとして楽しめる人にはオススメ出来る作品です。
ヴァルキリープロファイルやスターオーシャン等で有名な、TriAce開発でセガ販売のゲームです。
ジャンルは弾幕重奏RPGだとかなんとかいってたような気がしますが、戦闘システムや成長システムが特殊なRPGです。いちいち攻撃する度にアクロバティックに動きながら銃を乱射します。え?台詞とかが恥ずかしいし、オーバーアクションの意味がない? だがそれがいい。
というわけで世間では厨二病の頂点と言わんばかりの評価ですが、私はこういう無駄な動きとか大袈裟なセリフ回しとか大好きですけどねえw マトリックスとかリベリオンとかね。
世界観はちょうど同時期に発売されたFF13に近いですかね。バーゼルという箱庭の中、ゼニスという統合システムで完全に制御される人類。バーゼルは巨大な鉄の塊といった風で、巨大な歯車がそこかしこで動いています。緑とか海がないため、FF13に比べると悲壮感が漂う世界ですね。ただしキャラクターや序盤の展開は明るいノリで構成されており、いろんな意味でFF13と真逆な印象が強いです。
メインキャラクターはチームの保護者的な存在のヴァシュロンと無愛想な少年ゼファー、表情豊かな少女リーンベルの3人。この3人の掛け合いが結構楽しいので、キャラクターの魅力は十分に出ていますね。特にヴァシュロンは基本的な性格が女好きでお茶目なので、見てて楽しいですw バーバレラ邸イベントは必見です。
で、トライエースのRPGといえば、やはり特殊な戦闘システム。このEnd of Eternityも一言で表せない、非常に独特な戦闘システムになっています。マシンガンはスクラッチダメージ、ハンドガンやグレネードはダイレクトダメージ。インビジブル・アクションやレゾナンスアタック・・・など、本作の戦闘システムは専門用語が非常に多い上に、斬新過ぎるため慣れるまでは非常に苦労すると思います。また、システム的にもISゲージが3つしかない序盤は敵を上手く倒すことが出来ず、デンジャー状態になりやすい。
後半になるに連れISゲージにも余裕が出来て、ミスったり、追撃でお金稼いだり、パーツをゆっくり破壊したり・・・と、いろいろ考えながらプレイ出来るようになるんですがね。
銃のカスタマイズも楽しいっちゃ楽しいんですが、ひたすら面倒くさいんですよね。せめて操作性が良ければもう少しマシだったと思うのですが。ステータス類はシンプルで良かったかな。
攻撃力というバロメーターがないのは斬新ですね。あくまでマシンガンのチャージ数でダメージが増加していくという。追撃を駆使すればレベルが格段に上の相手でも倒せる可能性がある、というのは良いです。まあ結局マシンガンの追撃発生率とチャージ速度、加速度を上げる必要があるのである程度のレベルとカスタマイズは必須になるんでしょうけどね。開始直後ミサイルでフルスクラッチ→デンジャーなんてこともままあることで、そんな強敵もやり方次第で勝てたりするバランスは面白いです。
あと全体的にテンポの良いFF13をやったばかりなので特にそう思うのですが、ボス戦前にセーブが出来ない、リトライにお金が掛かる、ダンジョンに入るとメニュー画面が開けない=装備を変えられない 街の暗転ロード・・・と悪い面が色々目立ちました。 特にメニュー画面が開けないのはきつくて、例えばダンジョン内で二丁拳銃が有効な敵と特殊弾が有効な敵といた場合、どちらかを選ぶしかないみたいな状況に陥ることが多いです。エスケープヘキサなんかはわざわざ装備しなくともメニュー画面から使えても良いぐらいですしね。ボス戦も初見でどんな攻撃してくるのか、何が有効なのかを調べてから装備等を整え、改めて再戦する、なんてRPGだったらお約束のことも、このゲームだと装備を変えるためにはまたダンジョンに入るところからやり直さなきゃならないのが非常に億劫。いまどきのゲームで流石にこれはないわ。
うーんあとは武器の種類が他にも色々あったらいいと思いましたね。近接+範囲攻撃のショットガンとか、遠距離用のスナイパーライフルとか。戦闘に慣れたあとは結局同じ事の繰り返しとなるので、敵の数が多い時はひたすら面倒くさい仕様なんですよね。レゾナンスアタックをやるにしたって、ターゲットの選択が見にくくて行動ゲージを無駄に消費したりしますし。
で、ストーリーですが、ここは正直擁護のしようが無いほどに酷いです。完全にユーザー置いてけぼり。FF13なんて目じゃないぐらいにわけわかめです。続編前提で作られてるからかも知れませんが、この世界の成り立ちやゼニスに管理されているバーゼルという世界の未来、レベッカ・・・なんとなくまとまってるように見えて、全然解決してないし。うーんなんだろうな、中途半端なんですよね色々と。普通の和製RPGのように世界を救う騒動に巻き込まれるわけでもなく、しかし一応人類代表でもあるロエンと最終的に対決はするものの、世界に大きな影響を与えるわけでもない。キャラクターは魅力的だっただけに非常に惜しいですね。
世界観とかの設定は、街の人々の話をチャプター毎にちゃんと聞くことでいろいろ分かってくるというのも昔のRPGっぽいんですが、現代のゲームとしてそれが良いのか悪いのかは微妙なところ。
というわけで総評。
戦闘システムは非常に斬新でこのゲームでしか味わえない楽しさがありますが、武器のバリエーションや戦い方にもう少し幅が欲しかった。キャラクターや世界観は魅力的なものの、シナリオがぶつ切りかつ、投げっぱなしのため意味不明のまま終わってしまうのがネック。
無駄にスタイリッシュなアクションを真面目に、あるいはバカゲーとして楽しめる人にはオススメ出来る作品です。
「誤解を解く努力をしないというのは嘘をついているのと同じ事なんだよ」
ようやく物語シリーズの刊行速度に追いつき、現存する最新巻、鬼物語が読了出来ました。これでセカンドシーズン最終話・恋物語の刊行を待つことができます。
以降ネタバレ感想ですのでご注意をば。
今回は傾物語とは逆、というか対になる構成になっていました。傾物語は八九寺真宵をキーとしながらもその内容は、傷物語の続編であくまで暦と忍の絆を描くものでした。しかし本作鬼物語は、遭遇した怪異ですらない「くらやみ」に関する忍の昔語りが大半を占めるものの、実質的な内容は、不自然な存在であった八九寺との別れに集約されています。表紙逆の方がいいんじゃね、と思った方が大半でしょうw
で、あとがき詐欺で定評のある西尾氏。今回もやはり猫物語(白)の裏で阿良々木さんが巻き込まれた模様の神原の猿の手に纏わる事件に関しては、臥煙伊豆湖の依頼だったということしか判明せず内容については不明なまま。おい、この話が明かされるとかいってなかったかね。傾物語のあとがきでも花物語はこの直後の話ですよ、とか詐欺ってたし、サードシーズン書くだろうなあ、とか言ってたのは逆にもう書かないぞって意思表示なのかも。
暦とのペアリングが切れてヤバそうだったのも実は忍には危険はなかったし、阿良々木さん自身は今までに比べればそれほど危険ではなかったというオチ。
さて、八九寺真宵の存在が不自然だったことは誰もが承知していたと思います。化物語で彼女の物語が一応の解決を見たにも関わらず、二階級特進で現世に残った時は、ヌルイけどコメディたっぷりの作品だしこんなものかな、と思っていました。そして物語が展開していくに連れ、彼女はマスコットキャラクター的に扱われそこにいるのが当たり前になっていきます。
しかし、自分と向き合うことがテーマであり、とかくシリアスなセカンドシーズンでそのままでいられるはずもなく、最も残酷な現実と向き合うことになった彼女。それは自然な展開ではありましたが、阿良々木暦が納得出来るわけもなく、取り乱して八九寺をなんとか現世に留めようとする。そんな彼を優しく諭し、十分に楽しかった、幸せだった、と笑みを見せる彼女は年不相応に大人で、傾物語で出会った平行世界の彼女を思い起こさせる姿だった。
で、感動的な別れのシーンが描かれたわけですが、後日談で忍野扇が、本当にいなくなったのならね、とか意味深な事言うから本当に八九寺が成仏したのか分からなくなってきました。叙述トリックを持ちだして揶揄してましたし、彼女と再会する余地も意外と残されている気もします。彼女が無くなって十年立つ訳ですし、陳腐ですけど同じ11歳の八九寺真宵の生まれ変わりが既に存在しているとかね。ただもしその辺を描く場合サードシーズンとなるのは間違いなさそうですね。まあ臥煙姉妹やらエピソードとの共闘やら色々な伏線を張りっぱなしだし、その辺含めてやはりサードシーズンあるのかなあ。恋物語だけで解決するとはとても思えないし。
・・・とかいってみましたが、どんな結末にしろ阿良々木さん達と楽しい時間を過ごした八九寺真宵が帰ってくることはないんだろうな。西尾氏の今までの作風から見て、そんななまっちょろい話を描くとは思えない。阿良々木さんはきっと全部受け止めてずっと引き摺りながら必死に生きていくしかないんだろうなと思います。ガハラさんや委員長のように。
余談ですが、私が愛してやまない漫画家・藤田和日郎氏は、作中のキャラは登場した時点で最後に死ぬかどうかを決めているとか。うしおととらもからくりサーカスも終盤になるとガンガン人が死ぬ漫画ですが、その生死を分けているのは後ろめたい過去や後悔の人生を歩んできた点があると思います。例え今が善人であっても等しく裁きが与えられる。しかしその散り際はかくあるべしというか、鏢さんも秋葉流も、阿紫花もヴィルマも皆、過去を払拭し浄化されたかのような満ち足りた顔で逝きます。
で、西尾氏も多分この「八九寺が消える」という結末は最初から決めていたことで、鬼物語はその花道として用意された作品だったんだな、と感じました。彼の作品では不自然な存在は決して許されず等しく罰が与えられるのでしょう。モラトリアムがあればこそ裁きの瞬間が映えるわけですが。
じゃあ次に裁きを受けるのは誰なのか。神原、羽川、戦場ヶ原は自分と向き合うことで不自然さから脱却することに成功しました。千石撫子は現在に限りますが、クチナワの怪異として至極自然な存在です。結末はこれからですけどね。
で、残るのは阿良々木暦と忍野忍。一応、殆ど能力を失った吸血鬼とその眷属という関係であるので、怪異としての存在に不自然性はないと語られていましたが、どう見ても不自然だと思うんですよね。都合の良い時に吸血行動を行い、超人的な力を得られる。リスクもなし。吸血鬼としての怪異性って人間を捕食し、場合によっては眷属にすること、なわけですが、彼らのどこがその怪異性を示しているというのか。そんな都合の良い状態が自然であるはずもなく。恋物語でそこまで描かれるかどうかは微妙・・・というか多分描かれないでしょうが、物語シリーズの〆として、彼らの関係はいつか終わりが来るだろうと予想しています。
さて、物語の主軸ではなかったのものの、忍の過去が大方明らかにされました。彼女はあっけらかんと語っていましたが、阿良々木暦が感じたように自分を神と慕ってくれた村人達や、神としてではなく対等に扱ってくれた初代怪異殺しを失った「くらやみ」に纏わる神隠しの事件は彼女に暗い影を落としたに違いありません。幾度と無く阿良々木暦さんに対しフォローしてたのがなんか可愛いかったですが、初代怪異殺しとの関係は語られた描写程軽いものではなかったんだろうなーとか勝手に想像しています。
彼女の昔語りは自分が神であるという誤解を解く努力をしなかったがために天罰が下る、という最後の八九寺との別れへの壮大な前振りであるので淡白ながらも重要な意味合いがありましたね。
本作の全体的な感想としては、展開に驚かされることもなく、八九寺との別れ以外は淡白な内容でした。そしてその別れ自体もここまで引き伸ばされた予定調和といったところですので、感動はあるものの本作品が特別評価出来るという内容では無かったのも事実ではあります。
物語シリーズもいよいよあと1巻。ガハラさんが語り部になる、みたいなことがメタ的に語られていましたが、普通に阿良々木暦視点な気もするし、ハイブリッドだったりするかも知れませんし、そもそも絶対に撫子の事件が語られるという保証もないので(今作で改めて感じましたが)、あまり期待しないで待つのが良いかな、と思いました。
はい、というわけで囮物語感想です。
やはり八九寺が異例だったようで、本作も主役の千石撫子視点で語られる、自分と向き合う物語です。さて、本作については何を書いてもネタバレになってしまうので、早速ネタバレ注意ということでお願いします。
まさかの次回へ続くオチ。今まで伏線は散りばめるものの一巻で完結しなかった作品は無かったのでかなりインパクトがありました。このことからも氏のいうように、物語の締めに向かっている感じがありましたね。そしてまさかの撫子ちゃんラスボス化。いつものように阿良々木&忍が怪異を払って終わり・・・とはなりませんでした。バッドエンドです。
さて、セカンドシーズンは、既刊を鑑みてもキャラクターを壊す物語であったことは間違いないわけで、本作も例に漏れず、壊しに壊しまくっています。千石撫子というキャラクターに対し、失望した人も少なくないでしょう。物語中で撫子は羽川や神原以上に、否定され続けています。そして撫子自身も自分のダメさにホトホト嫌気が差しながらもそれを改善しようする意思もない。おとなしくて可愛くて、庇護欲を掻き立てられる彼女はそこにはおらず、無気力で自分勝手で真性のダメ人間が描かれているのです。あとがきで作者が撫子がとことん可愛いだけの小説です、と述べていましたがこれは皮肉たっぷりの表現だったわけですね。
一人称を「撫子」と名前で呼ぶ撫子。私的にはKanonの佐祐理さんを真っ先に思い出すのですが、その理由も似通っています。自分を自分として見れない、認めたくないその気持ちが名前≠自分となり、自分自身を他人ごとのように、俯瞰的に見るようになってしまった。まあ人間性は真逆といってもいいぐらい違うのですけどね。
余談ですが、こういう風に自分の名前を一人称にするキャラは古今東西結構いるとは思いますが、佐祐理さんや撫子のようにその背景が描かれているキャラって殆どいないんですよね。キャラの記号としての一人称の違い程度で扱われることが多いです。そういう背景のない自分を名前で呼ぶキャラは正直嫌いなのですが、そこに背景がつくだけで結構気に入ってしまうことが多いあたりミーハーなんだなあ、とか思ったりw
で、撫子の内面を巡るこの物語。シリアス一辺倒なのかと思ったら、意外にも笑わせてくれたのはポイント高いですね。クチナワとの会話もテンポがいいし、月火との会話なんてハラハラしたし。「な、なんのことかね・・・。」「しょ、証拠でもあるのかね・・・。」の辺りとか最高w なんだかんだいっても化物語の登場人物ってまともな人間性(≠まともな人間)を持った人物が多いので、真性のダメ人間である撫子視点は中々面白かったです。そして月火ちゃん正論過ぎるけどマジで怖いから。
クチナワの謀略に拐かされた可愛い撫子ちゃんをカッコイイ暦お兄ちゃんが颯爽と駆けつけ一件落着。みたいなのが王道のストーリーだったのでしょうが、西尾氏がそんなものを描くはずもなく、現実はなんと全部撫子の妄想で、全ては自分の都合の良い解釈によるものだった。まあきっかけは忍野扇の煽動によるものだったので、彼女(彼?)が黒幕とも言えるのかも知れませんが、撫子が行ったことは全て自分の意思だったわけです。公園の砂場を掘ったのも、教室でキレたのも、阿良々木宅に侵入したのも、全ては願いが叶うというオカルトアイテムを手にするために。
ガハラさんも忍も彼女の天然の可愛さを「魔性」と評していましたが、正にそれですね。この辺り凄く、家族計画の青葉姉さんと茉莉の関係を思い出すのですが、私だけですかねえ。
彼女の内面のダメさに、愛想が尽きた人も月火ちゃんのようにウザッたく思った人も沢山居そうですが、結構共感しちゃったのは多分私がダメ人間だからなんだろうなあw
おとなしいから良い子な訳じゃない。当たり前の事なんですが、これって未だに勘違いされやすいですよね。こんな事やるような人に見えなかった、今まで問題を起こしたことはない、とかよくありますが、その人と深く付き合わずに外面の情報だけでよく人について語れるよなーとかいつも思うわけです。助けを求めないと助けを求めていないことにはならないように、何も喋らないからって何も意見がないわけじゃない。クチナワは撫子の心情を吐露していた訳ですけど、あーあるあるって思いました。
全体的に撫子の内面が自分を見ているかのようでもの凄い痛かったですね、正直w
で、なんと撫子VS暦の最終決戦はガハラさんの機転により、卒業式の日まで延期されることになりました。半年間のモラトリアム。ガハラさんって身体的には全く普通の人間なのに、この溢れ出るカリスマと無敵感は一体なんなんだ・・・。忍野だか貝木が天才とは人より早く思考出来るやつのことだとか言っていた気がしますが、正しくガハラさんが該当しますね。阿良々木さんへのアタックといい電光石火という言葉が似合う御人だわ。素敵。
花物語はセカンドシーズンの後日譚であり、阿良々木さんや羽川、ガハラさんの生存は一応確認されています。このため、撫子ラスボス化による彼らの殺害は無かったものと推察されますが、西尾氏だしこのまま本当に丸く収まるのだろうか。撫子について誰も語っていないため、彼女が死亡してしまうというオチも考えられます。
ただ、丸くは収まらずともなんとなく撫子が死んで終わり、という結末にはならないだろうなとは予想しています。というのも彼女は確かに基本的にダメ人間なのですが、教室でキレた時に放った言葉は汚いながらも至極真っ当な正論です。小説のキャラクターにこんな事言うのもなんですが、中学生の時点であそこまでちゃんとクラスの事や将来の事とか考えてる人って普通居ないんじゃないかと思うんですよね。
少なくとも私はもっとずっと馬鹿でしたw 月火ちゃんは達観し過ぎて別格ですけど、撫子程に真面目に考えてる人だって早々いないですよ。青春だなんだと熱いことに斜に構えちゃうお年頃ですし、あの頃にもっとこうしておけばなーとか、大人になってからようやく気付いて後悔するのが普通なんじゃないかな。そんなことをあの年齢で気付けて、真顔で嫌な思い出なんて塗り替えようぜ!なんてことをまがりなりにも言えた撫子って委員長気質なんだと思います。それが彼女の持つ本当の個性。
撫子が本当に救いようの無い駄目人間ならば、討伐もやむを得ないのかもしれませんがこういう素敵な個性を持っている彼女ならば、きっと自分と向き合い直して戻ってこれると信じています。
ということで、囮物語。
結構引いてしまった人もいるような気がしますが、私は好きな作品です。非常に先が気になる作品で、この先の恋物語で結末が描かれるであろうため、単体での評価が難しいですけどね。
というわけで、花物語読了しました。
今回は、神原駿河が主役、ということで猫物語(白)の裏で繰り広げていた物語がついに語られるのかと思いきや、時系列的には最も後で、阿良々木暦達が高校を卒業していった後、一人残された神原の物語でした。
必然的に、語り部は神原となります。むう・・・あれか、やはり傾物語が異例だったということなのか。
以下ネタバレ感想です。
一言でいうなら、アララギさんが言ったように、神原駿河の青春の物語、なんでしょうね。実際に喋ったことはなくても、同じバスケットボールの選手でライバルだった沼地蝋花と再会し決着を着けた。これだけだと本当にスポコン物。
しかしそこは物語シリーズ。沼地蝋花は、悪魔のパーツを集める不幸コレクターであり、自分の死に気付いていない怪異でもありました。価値観の違う相手に憤りを覚え、ふいに消えた抱える罪の象徴でもある猿の手に戸惑いながら、神原は自分なりの結論を導き出し成長します。
神原の視点での物語なので、明るい感じのストーリーかと思いきや、コントは猫物語(白)よりもさらに少なく、というか殆ど無かったように思えます。羽川同様、彼女の視点から見る彼女自身は、バカで変態で底抜けに明るく前向きな神原ではなく、全く違った印象を持たせます。
この物語もテーマは物語シリーズで一貫している自分と向き合うことであるのですが、神原の場合は、それは「卒業」という言葉で表現されています。委員長と同様、やはり彼女自身の視点になって初めて分かるのですが、彼女は意外にも非常に周りに影響されやすい性格なのですね。戦場ヶ原や阿良々木暦、母親、貝木泥舟。色々な人に色々と言われた彼女は最後に正しくもない、間違ってもいない、ただ単純に自分の意思で、沼地蝋花との勝負に勝ち悪魔のパーツを奪うという選択肢を選ぶ。
結末も綺麗で、上手く纏まっている作品でした。・・・が、なんというか私自身がそこまで神原を好きではないというか興味がない(ぉ 上に、上述したように明るくて馬鹿な神原が描かれている訳ではないので、そこまでのめり込むことが出来なかったというのが正直な感想。内容や、テーマ的には悪くなかったんですけどね。うーん、コントがないのは今作に始まったことでなし、何が不満だったんだろう。多分、猫物語(白)の裏で展開されていた神原が関係していたらしい事件が語られるものだと思っていたら、神原視点の全然関係ない話だったという肩透かしというか引っ張り具合に既にテンションが下がり目だったのが原因なんだろうなあw
ちょっと消化不良だった感じがあるのでいつかもう一度読み直したい作品です。
今回は、神原駿河が主役、ということで猫物語(白)の裏で繰り広げていた物語がついに語られるのかと思いきや、時系列的には最も後で、阿良々木暦達が高校を卒業していった後、一人残された神原の物語でした。
必然的に、語り部は神原となります。むう・・・あれか、やはり傾物語が異例だったということなのか。
以下ネタバレ感想です。
一言でいうなら、アララギさんが言ったように、神原駿河の青春の物語、なんでしょうね。実際に喋ったことはなくても、同じバスケットボールの選手でライバルだった沼地蝋花と再会し決着を着けた。これだけだと本当にスポコン物。
しかしそこは物語シリーズ。沼地蝋花は、悪魔のパーツを集める不幸コレクターであり、自分の死に気付いていない怪異でもありました。価値観の違う相手に憤りを覚え、ふいに消えた抱える罪の象徴でもある猿の手に戸惑いながら、神原は自分なりの結論を導き出し成長します。
神原の視点での物語なので、明るい感じのストーリーかと思いきや、コントは猫物語(白)よりもさらに少なく、というか殆ど無かったように思えます。羽川同様、彼女の視点から見る彼女自身は、バカで変態で底抜けに明るく前向きな神原ではなく、全く違った印象を持たせます。
この物語もテーマは物語シリーズで一貫している自分と向き合うことであるのですが、神原の場合は、それは「卒業」という言葉で表現されています。委員長と同様、やはり彼女自身の視点になって初めて分かるのですが、彼女は意外にも非常に周りに影響されやすい性格なのですね。戦場ヶ原や阿良々木暦、母親、貝木泥舟。色々な人に色々と言われた彼女は最後に正しくもない、間違ってもいない、ただ単純に自分の意思で、沼地蝋花との勝負に勝ち悪魔のパーツを奪うという選択肢を選ぶ。
結末も綺麗で、上手く纏まっている作品でした。・・・が、なんというか私自身がそこまで神原を好きではないというか興味がない(ぉ 上に、上述したように明るくて馬鹿な神原が描かれている訳ではないので、そこまでのめり込むことが出来なかったというのが正直な感想。内容や、テーマ的には悪くなかったんですけどね。うーん、コントがないのは今作に始まったことでなし、何が不満だったんだろう。多分、猫物語(白)の裏で展開されていた神原が関係していたらしい事件が語られるものだと思っていたら、神原視点の全然関係ない話だったという肩透かしというか引っ張り具合に既にテンションが下がり目だったのが原因なんだろうなあw
ちょっと消化不良だった感じがあるのでいつかもう一度読み直したい作品です。
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